数日前、あんなに悲しそうな顔を見せたジェリーさんが以前よりも張り切っているように感じられた。
やたらとご飯や遊びに誘われる。
2人で翻訳機なしで会話出来るようにと、積極的だった。
そんなある日のこと、仕事を終わって家に帰ると姉さんは家に居なかった。
珍しく、彼氏とデートに出かけていたのだった。
姉さんは、韓国人の年上の男性コユンさんと付き合っていた。
コユンさんの印象は、真面目そうで控え目、穏やかな雰囲気。
私が持つ韓国人のイメージをそのまま形にしたような人だった。
日本で働きながら長らく住んでいて、日本語がとても上手だ。
外見は韓国人だけど、立ち居振る舞いは日本人っぽくて日本語を話す時はなおさらそう感じられた。
私もよく姉さんとコユンさんにご飯に連れて行ってもらっていたので、2人を間近で見ている身としては、コユンさんは姉さんを大事にしていたと思う。
それなのに姉さんは、
「あの人、私と寝たいから一緒に居たいんだと思うんだよね。」
となぜか言っていた。
そんなことはないはずと思いながら、それでも2人のことは2人にしかわからないのかなと思う気持ちもあった。
さて、今日は2人でどこにお出かけかなぁなんて思いつつ、1人で適当に夕飯を済ませたらジェリーさんから連絡が入る。
今日家に行っても良いかな?と。
今日、姉さんがいないから聞いてみなくちゃと言うと、姉さんに連絡してみると言うジェリーさん。
結果、了承を得たらしくジェリーさんが1人やってきた。
ご飯食べた?何食べたの?といつもの挨拶のような会話。
韓国人と会話をすると、必ず「ご飯食べた?」が出てくる。
あいさつ代わりのようなものだ。
確かに、ご飯食べるのって大事だよね。
今日何してたの?学校どうだった?仕事どうだった?1日どうだった?
というのを、翻訳機やジェスチャーを交えながら話す。
でも、会話はそんなに続かない。
もっと話せるようになると良いんだけどな。
すると、ジェリーさんが突然「手をつないでも良い?」と聞いてくる。
家の中で手つなぐの?と一瞬思ったけれど、良いよと言ってみた。
お互い床に座ったまま、隣に座って手をつなぐ。
なんだこれ。
なんだか不思議な感じだなと思っていたら、ジェリーさんがキスをしてきた。
予想外のことで驚いた。
いつも居るはずの姉さんも居ないし、なんだか変な感じ。
なんとなく不安になって、姉さんにすぐメールする。
「ジェリーさんにチューされた!なんか怖いから早く帰って来て!」と。
すると姉さんは、すぐにメールを返してくれてあと少しで着くからと。
それでなんとなくホッとした。
姉さんは出先だったけど、私のメールを見てとりあえず急いで帰って来てくれたらしい。
彼氏も一緒だ。
そこでジェリーさんとソイ姉さんの彼氏は初対面を果たす。
お互い韓国語であいさつをして、ジェリーさんは「じゃあお邪魔だから..」と、そのまま帰っていった。
ソイ姉さんの彼氏も、姉さんを送り届けただけでそのまま帰っていったのだった。
「ねぇ、何があったの?」
真顔だけど、なんとなく心配しているような声の姉さん。
「いや、だから、いきなりチューされたんだよ。付き合ってもないのにさぁ。」と不満げに言う私。
「付き合ってるか付き合ってないかはどうでも良いんじゃない?」とめんどうくさそうな姉さん。
「てか、もう付きあっちゃえば?いや、付きあっちゃいなよ。」
「え?マジで言ってる?」
少し困惑気味の私に、姉さんはたたみかけるように続ける。
「だって、好きな女にキスの一つぐらいでもしたくなるでしょ?悪い人じゃないんだし、もう付きあったら良いと思うよ。」と。
説得する時にはやけに男前な発言が飛び出てくる姉さん。
まぁ、確かにそうだよね。
もしかすると、私は会話ができないことを言い訳にして、ゼリーさんを自分の好きなように振り回したいのかもしれない。
都合の良い存在で居たいのかもしれない。
そう考えたら、自分がとてつもなくイヤな女に思えてきた。
それに、もう付き合ってみたら…と本気で考えてみたら、どこか肩の荷が下りたような気分になった。
付き合う時はこうあるべき、という型にはまった概念がいつの間にか自分自身の重荷になっていたのかもしれない。
そうだ、もう付き合ってみよう。
そう考えたら明らかに楽になった自分が居た。
「…うん、じゃあ、付き合ってみようかな。」
ポツリと言った私に、「そうだよー!」と姉さんはとびきりの笑顔で返す。
いつものようにタバコをふかしながら、満面の笑みで笑う姉さんを見ていたら、これで良いんだと思えるようになってきた。
いや、こうすべきなんだと。
そう考えたら、段々嬉しくなってきた。
これからのことを考えて、楽しくもなってきた。
ワクワクするし、ドキドキもする。
前の彼氏と別れて半年くらい経つ。
私はまた恋愛の楽しさを知り、新たな恋を始めようとしていた。
いや、すでに始まっていた恋にやっと気付き、ゼリーさんとの距離を縮めようとしていた。
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