Chapitre2:ジェリーさんの経歴5

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ピコンッ

今日もジェリーさんからいつものようにメールが届く。

「今日、夜8時に見せたいものがあるからケータイの前で待ってて。」と。

見せたいものって何だろう?

 

東京に滞在してもう1か月以上過ぎた。

東京に居られるのもあと1週間くらいだ。

その後、地元に1週間ほど戻りまた東京に戻ってパリへと旅立つ。

そんな予定だった。

 

その日の夜、ジェリーさんに言われた通り夜の8時くらいにケータイの前でスタンバイしてみる。

何か来るのかな?そう思っていたら、メールが来た。

 

中を開けると、本文は何もなく添付ファイルが1つある。

このケータイは小さくて使いづらくて…まるで昔のケータイみたいだ。

パリでは現地のケータイを使っているけど、日本で使うケータイが無い。

 

だから、東京に住んでいる兄と合流して家電量販店に行きプリペイド式のケータイを買ってもらったのだった。

小さい画面をのぞき込むようにして、ファイルをクリックする。

早速開けて見ると、それはジェリーさんお手製のムービーだった。

 

ムービーは、スティービーワンダーの曲の「isn’t she lovely?」とともに始まる。

画面の中には、ジェリーさんが居る。

リズムに乗りながら揺れ、左右の手には白いボードに黒い大きな字で何やら書いている。

まだまだ会話が成り立たないから、文字でメッセージを伝えようというのがジェリーさんの魂胆らしい。

 

ボードには、「mioあいしてる!」「俺の彼女になてくれ!」と書いてあった。

2・3回その白いボードを持ち替えると、最後にジェリーさんが笑顔でバラの花束を持って画面の前に差し出す。

そこでムービーは終わっていた。

 

そのムービーはどうやらホスさんが撮っていたらしく、場所も二人がルームシェアするアパートの中のようだった。

ムービーを見終わった私は大爆笑。

 

え、てか、付き合ってないのにもう「あいしてる」なの?

と一人大笑いした。

しかも、ノリノリのこのムービーなに?ととにかく笑った。

いや、もう、突っ込みどころしかない。

 

そばに居たソイ姉さんに早速見せると、

「へぇー、ジェリーさんって情熱的なんだね。やるじゃん。」

と感心したようにうなずいていた。

一緒に笑ってくれるのかと思ったら、意外な反応だった。

 

そして姉さんは続けて言う。

「んで、mioどうするの?」

「どうするって、何が?」と私。

「この告白に返事しないの?」と姉さん。

 

まさか、気持ちに気付かなかったわけじゃないよね?そう言いたげな感じで、姉さんはいつものようにマルボロライトをふかしながらこっちを見つめてくる。

空中に漂う煙を見ていたら、ジェリーさんへの気持ちについて考えるより姉さんにまつわる過去の出来事がふっと頭の中に浮かんできた。

 

セッター、マイセン、マルボロライト。

姉さんはこの辺の銘柄をよく好んで吸っていた。

 

私はタールがめちゃめちゃ多いハイライトを吸ってはよく周りからおっさんだと言われていたけど、もっともよく好んで吸っていたのがKOOLだ。

ブーストが出てからは、周りでKOOLを吸う人が増えて…なんだろうあのプチっとした触感。

 

口先で潰して強いメンソールに切り替える瞬間、一瞬で爽快感が増す。

その感覚になぜかハマっていた。

カッと一気に眠気が覚めるような。

私がそれをいつも吸うから、姉さんも一緒に吸うようになったんだよね。

 

姉さんもけっこうタバコを吸うのだが、実はこれは韓国ではタブーだ。

女性がタバコを吸うと軽い女に見られると聞いたことがある。

なので男性も女性が吸うのはあまり好まないが、親は余計に厳しい。

 

姉さんが韓国に戻って電話をかけてくる時は、決まってイライラしているのはそのせいかな。

家や近所では吸えないから、仕方なく少し離れたところで外で吸う。

そんな時にいつも電話をかけてきた。

 

姉さんは、私と出会った時もその前も韓国人の女の子とルームシェアしてきた。

最初の人は釜山出身の人。

太ももに大きなタトゥーを入れた強面の姉さんだった。

 

姉さんの家に行くと、釜山の姉さんが居てずっとタバコを吸っていたのか部屋はモクモクと煙たかったのを覚えている。

タトゥーは韓国で彫るより日本で彫るほうが安いから彫ったと言っていた。

カラフルな孔雀のような色鮮やかなタトゥーが今でも脳裏に焼き付いている。

 

仲良く住んでいるように見えたけれど、裏切られて陰で悪口を言われていたことを知り、ある日酔っぱらって涙をボロボロと流す姉さんを一度だけ見たことがある。

仲良くなって、信頼していたのに実は陰では姉さんのことをぼろくそに言っていて、ショックを受けて縁を切る。

 

姉さんにはそんなところがあった。

日本語学校時代には、ルームメイトに一度嘘の手紙も書かれたことがあるらしい。

その手紙は、姉さんの両親がいる韓国の光州へと届けられた。

 

その手紙を受け取った姉さんの両親は怒り狂い、翌日東京の姉さんの自宅に押し掛けたそうだ。

手紙の内容は、こういうものだった。

 

姉さんはタバコばかり吸い、家には男を連れ込み、学校にもろくに行かず、同居人としては本当に大変な思いをしている。

どれもこれも、同居人がでっち上げた真っ赤な嘘なのだが、両親はそれを信じ確認にやってきたのだった。

 

光州は韓国第4位の都市だ。

1位がソウル、2位が釜山、3位が大邱。

大邱と光州は、保守的な人が多い地域になる。

ソウルや釜山では珍しくないことも、大邱や光州では珍しく思われることがある。

 

親の圧力も相当なもので、素行が悪いとこっぴどく叱られるのだ。

姉さんは両親の信用を失い、急に来られてとてもびっくりしただろうがそれと同時にルームメイトのことも恨んだに違いない。

 

韓国人女性は日本ではめちゃくちゃタバコを吸う人が多いけど、背景にはそういったしがらみから少しでも逃れ自由に暮らしたい、自分らしく生きたいという自己主張のようなものが感じられた。

 

そんなことを思いながら、ふと我に返り姉さんの問いかけについて考えてみる。

私って、ジェリーさんのこと好きなの?どう?彼氏にする…?

この時の私には、考えても答えは出せなかった。

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